私が8歳の時

父親の会社の人の自宅で開かれた
パーティーへ父・母・兄・私でお呼ばれした。
他にも父の会社の人間とそのご家族がたくさんいた。 



昭和から平成に切り替わるか否かの
そんな時代に
パーティーというのは
私には衝撃的だった。



パーティーを開いたのは
アメリカ人だそうで
おそらく記憶の中では
私が生で外国人を見た初の機会だった。 



まずもって
土足で家の中に入ることに
ホェ〜!となり

絨毯敷きの部屋の中を
ゴールデンレトリーバーが闊歩していることに
オオーw(*゚o゚*)wとなり

で〜っかいグラス?器?のなかには
シュワシュワの赤い液体 
その中には宝石のようなフルーツが
埋もれていて
今ならそれがフルーツポンチとわかるが
そのきらびやかな
飲み物とも食べ物ともわからないものに
w(゚o゚)w オオー!となり 



そこかしこから聞こえてくる
英語に
魅了されたのを
今でもよーーーっく覚えています。


その日から私は
犬が欲しい!犬を飼いたい!
と親にわめき倒し


無駄に炭酸飲料を飲みたくった



そして
何よりも懇願したのが
「英語を習いたい」
というお願い。


犬と炭酸は諦めても
英語は諦めなかった。


一年後だったかな
父親が
ネイティブがレッスンをしてくれる
教室を見つけて来てくれ

私は念願叶って英語をならい始めた。



当時は
先生との会話を
カセットテープで録音して
それを家で聞いて復習するというスタイル



毎週土曜日は
日本語の通じない先生に会う
日本人でない人に会う
という非日常が
毎回毎回私をドキドキさせました



この時からできた
私の英語への熱は
紆余曲折を経て

それはそれは
立派な




立派な



執着となっていきました。



そのネイティブレッスンの教室から
次はECCへ通い
なんとか英語の絡む高校へ進み・・



自分の進む道を
ずーっと英語中心で考えてきました


それはそれは長く
大人になってからも続き
つい昨年まで37歳まで
続いたのですよ

その間資格も取り
まがりなりにも形にしてきました


ただ・・
一つのことを
思い続け追いかけ続けるといえば
聞こえは良いのですが


一つ問題がありました


それは
ここまで英語に執着してきて














いまだに自分の思い描くように













話せない!(゚ロ゚;)エェッ!?
という事実・・

はい、お恥ずかしいながら(* ̄∇ ̄*)エヘヘ



高校生の時は
英語を使った仕事で
キャリアウーマンで
オシャレでカッコイイ女になるんだ!
そしてそこそこの給料を貰うんだ!


かつてのあのパーティーのような場が
自分のスタンダードな環境になるんだ



と 夢をはせていました


しかし
私自身を取り巻く環境,人間関係が変わり
いつしか英語は
苦境から抜け出すための
唯一の正解

というモノに変わっていきました





シングルマザーで貧乏で
これといった特技もない

だから早く英語を武器にして
そしたら 少しでも給料のいい所に
勤められるから

この生活を抜け出せるはずだ



そういうモノになっていきました



しかし
時代が進めば進むほど
英語を駆使できる人の数は増え

時代が進めば進むほど
バイリンガルが増え

時代が進めば進むほど
トリリンガルも増えてきました
ハーフやクォーターの日本人もテレビで見ない日は無くなりました



私がしがみついていたかった英語は
いつしか
それだけでは私を救えない・・
そう自分で認めざるえないモノに進化していました


そしてこの英語救済幻想を見て見ぬふりをし、
英語に失恋している自分がよく分からなくなりました



でも英語への執着がとれない




心のこと(NLP)を学ぶ少し前に


どうしたものか・・と、
その時に読んでいた本に
書いてあることを実践してみました



それは現実を自分に突き付けてみること


私は自分が思いつく限りの
現状から成せるであろう
英語を使う仕事に触れてみたのです




その時の1つが
通訳・翻訳のスクールでの体験学習と、一線で活躍中の方から生の業界についてのお話を聞く、通信教育で翻訳の勉強をしてみるというもの。




結果



体験学習はちっとも心躍らず
プロが話す業界のことも
なぁ〜んにもトキメかなかった!
面白いとも思わなかった!

なんなら、
これを仕事でするなんて
苦痛だ、ってハッキリ自覚してしまった

通信教育も七万円もかけたけど
7割の課題と学習内容を残して
ギブアップ!



ここまでやってみて




あぁ私は英語を好きだけれども
話せるようになりたいけれども


それは通訳でも翻訳家でもないんだな
って諦めた。


この2つのどちらでもないのなら、
英語を仕事にしたいというのは、
何かが違うんだな、と。 



文法を完璧にして
スキルを磨くのではなく

コミュニケーション手段として
楽しみたかったんだと 
気づいた気がした 






何で今まで諦められなかったか

それは

長い年月を執着してきたのに、
習得出来ていない自分を、
流暢に話せるようになるまで頑張れなかった自分を
認めたくないから

それを認めたら他に何をどう頑張ればいいかわからないから、
それを認めたら英語を一生流暢に話せるようには
なれないんじゃないかという絶望を感じるから

他に打ち込めるものがないから


時間もお金もかけてきたのにムダになる
もったいない という思いがあったから、
しがみついていたのかな、って。



だから行動してみて
ときめかなかった時に
諦めるしかなかった。

だって苦痛とさえ感じたんだもん、
そっちじゃないよってことだよね。


苦痛
絶望
諦めて

この結果を受けて
今の私がある。


これじゃないって分かったら
じゃあ私は何がしたいの?
何が好みなの?
何が好きなんだろう?
他にどんな仕事が好みなんだろう? 
と、これらを追い求める方へ変わっていった

自分探しとでもいうのかな
いつまでもこれといったモノにも出会えず
イライラもしたなぁ
やつあたりもしたな


何が好きか分からずさまようのは
ホントに苦しい
怖い
イヤになる

でも自分に向き合った。
アンテナに引っかかったものが
何なのか見て調べてやってみて
お金の呪縛とも折り合いながら


そうやってるなかで


NLPにも出会え
たくさんの人にも出会え
新しいモノの見方も知り

これはお金にはならないと
決めてかかっていたものも
自分の好きなものだから
決めつけるのもやめた

これからは好き!で魅力に溢れた人になりたい
許すかぎり感じるままを叶えたい



 

気楽にやって良い!と自分に許可を出した英語の勉強は今は楽しい!
海外旅行で喋りたいから頑張ろっ!
イケメン外国人をナンパしたいから頑張ろっ!
ナンパされた時に備えて頑張ろっ!って!

そもそも
話せる英語というのを
ビジネスで使えるレベルを
望んでいた


一番最初に憧れたのは
日常会話の英語だったのにね


ビジネスレベルを駆使して
スゲー!って他人から思われたかったんだわ

*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*




英語の執着を手放したことで
楽になれた、
他のことも回りだした
そんな話でした。







体験学習に行った学校から久々に届いた
ハガキでそんなことを思い出しました。


BlogPaint



心の勉強も占星術も
私の選択肢にはなかった
まったく考えもしなかった

なのに

今はそれに惹かれて
楽しむ私が今ここにいる


決めつけは自分の可能性を狭めてしまう。
せっかく生きてるんだ
色々な経験を自分にさせてあげよう。




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